七転八倒フォト日記

 
--
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
    --:-- | Top
 
01
 
図書館の訪問を終え、再び徒歩にて芸術学校前広場まで戻ります。


その道中、戦前に建てられた日本家屋2棟があった。

すでに「廃屋」となったこれら建物の1つは
昭和5年に建てられた旧紗那郵便局だそうです。

5年前までロシア人により実際に郵便局として使用され、外観を保っていたというが
今回の訪問では屋根が完全に朽ち果てており、建物としての価値は感じられなかった

昭和20年8月28日、ソ連の侵攻は、この郵便局からの無線で本土に伝えられたらしい。

DSC_a0237 (121)_025

中をのぞくと廃材が散乱し、ペットボトルなどのゴミも無造作に捨てられていた。
ここに当時の面影はまったくない。

DSC_a0237 (122)_026

道路を挟んだもう一つの建物は、昭和5年に建造された水産会社の事務所だったという

こちらも、なんとか外観は保っているようだが
中をのぞくと、先の郵便局と状況はさほど変わらなかった。
床は抜け落ち、1階からは2階は吹き抜けのように穴が開いています。

DSC_a0237 (120)_024

ロシア側は2棟の再建に向けた取り組みを約束したそうですが

現状は完全放置!

ニ ホ ン ジ ン ハ 

カ ン ゼ ン ニ ナ メ ラ レ テ イ マ ス !




気を取り直し、再びバスに搭乗!

日本人の墓石が残る、墓地へ向かいました。

↓日本人が移動する車列の前後には、このようなパトカーが護衛?してくれます!

DSC_a0237 (49)_184

択捉島の墓地は、紗那の町外れにある、牧場?の脇の土手のような場所にありました。

DSC_a0237 (35)_169

墓地は、とても荒れ果てていて、最初は、ただのゴミ山かと思いました。

DSC_a0237 (34)_168

↓最近作られた墓です
ここでは、このような墓が至る所無造作に作られており
古いものは原型をとどめておらず
気が付けば、墓の上に立っていた、という事も珍しくありません。

DSC_a0237 (45)_180

そして、現在ここに現存する日本人の墓石はほとんど無く
代わりに建てられた碑に向い、元島民の方々と共に、手を合わせました。

DSC_a0237 (38)_172

元島民の方のお話によると

ここに現存する墓石は、ここに住むロシア人の家の土台等に利用されてしまい
その他の墓石も、天然石で出来た物意外はすべて朽ち果ててしまったとの事でした。

更に、現存する墓石も、倒壊しそのままにされている物や、全く手入れがされていないので
いつまで残っているのか判らないそうです。

DSC_a0237 (42)_177

これが、自分の先祖のお墓だと考えると

苛立ちというより、怒りを感じました。

    11:56 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
Comment







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
Trackback
http://captain911.blog5.fc2.com/tb.php/68-c41dcd2f
プロフィール

Captain T

Author:Captain T
北海道北見市在住の男子
当ブログの掲載写真は
すべて自身で撮影した写真のみ
掲載させていただいております
写真の無断転用
無断掲載大歓迎です
こんな写真でよければ
是非使ってやってください

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。